むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

《連載》労働経済学者 玄田有史さんと対話[下] 地域が子どもと真剣に向き合う最適は14歳

 玄田 自慢話は駄目ですよ。

 ―― これまでだと、会社内で語る必要もなかった訳ですね。

 玄田 面接は8秒で決まるといわれている。つまり、コンコンとドアを叩いて、部屋に入って、お辞儀をして席につく、これで約8秒です。

 どういうことかといえば、見る人が見ると質問する前にこれで採用すべきか、どうか分かるということである。自信のある人か、否かはすぐ顔の表情に出るのだそうです。

 総合的な魅力は何かといえば、自分の仕事に対するプライドを失敗経験も含めて自分のなかに体現しているか、それを他人に誇りをもって語れるかどうかが大きい。

 年に1回でいいから、「あなたはどのような仕事をしてきたのか」と聞かれたら、即座に応えられる自分であること。大論文でなく、2分間ほどで自分の言葉で喋れるようにする。

 かつては背中で語るとか、親の背中を見て育つとかいう言葉があったが、今はことばの時代だから自分のことばで表現することをしないと幸せにはなれない。
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 ―― では、若者が転職する場合、いかにして能力を売り込めばよいのか。先ほどの話と相通じるでしょうか。

 玄田 フリーターの若者が、結婚か、子どもができたので”再就職”するか、定職に就く場合に、面接で必ず聞かれることは、「あなたはどんな仕事をしてきたのか」です。

 そのとき「フリーターをしていました」では、決まらない。

 でも「フリーターのなかでも何をしていたの。例えば、コンビニでアルバイトしていたらいろんなことがあるだろ。変なお客さんが来ることもあれば、発注が食い違ったり、若い子が怠けていたときなどに、自分としてコレだけはやったと誇れることを自分で語れ」とアドバイスする。

 「フリーターをやっていた」ということはいうな、と忠告する。そのことは正社員の転職でも同じことである。

 肩書や所属ではなく、自分がやってきたことを語れる自分であるかということを考えれば、自分に何が足りないのかを考える。

 ―― どんなに恰好いい言葉で言っても駄目な訳ですね。

 玄田 恰好悪いほうがいいんじゃないかな。自分がやってきたことを確実に伝えることですね。

人材育成に手を抜いたら雇用はうまれない

 ―― 先生の『ジョブ・クリエイション』からもじって、これから雇用を創出するとき、大切になるポイントは?

 玄田 人を育てることに手を抜いた社会からは雇用機会は創出されないし、活力も失われて地域社会にまで派生してくる。

 伸びてる会社は、なぜか風通しがいい。社員にちゃんと説明されている。

 景気は本当に厳しく人を育てる余裕はないでしょうが、しっかり怒ったり、叱ったり、ときにはいい意味で「期待しているよ」と騙したりしている会社はちゃんと伸びる。伸びたら、次にちゃんと人を育てている。

 一方、即戦力志向だとか、自己責任だとかいう会社は、人は育たない。人間バラバラになる。

 確かに即戦力いるが、「金がかかりますよ」と問い返すと「金は出せないけど、即戦力は欲しい」とおっしゃる。それは無理な話である。

広島カープのような会社が強くなる

 プロ野球でいえば、広島カープのような球団が好き。カネはないけど人を育てるし、選手もクビにしない。私はカープのような会社が強くなると信じている。

 大リーグのニューヨークヤンキースでもそうです。高額選手を入れるが、生え抜き選手をちゃんと育て、評価しているからバラバラにならないで超スター軍団でいられる。

 同時に今後は会社だけに止まらず、地域が大きなキーワードになる。地域が人を育てていく「地域の教育力」をいかに再生していくかが非常に大きな問題となる。

  生きる力の育成を目指す職場体験学習で、将来の職場選択や可能性を探求する有効な進路指導として重視されている。社会と接し、自分自身を見つめ直す機会となるだけでなく、地域との交流が深まる。

 地域が子ども達と真剣に向かい合うのは、14歳が一番いい。

 ―― 人材育成で地域の役割が大きくなる?

 玄田 ものすごい。情報はたくさんあるが、自分が足を運んで空気を吸って、誰かと交わったり、ぶつかったりしながら得る情報は地域にしかない。 

 これから働くことを考えるには、地域が大きな役割を担う。若い人が職場に来ると大人もがんばる。学校・親・地域・社会の連携が大切である。

心をこめて「ありがとう」と言えれば生きていける

 大人はこれからの社会を支える若者に期待すると、すぐいう。しかし、そうであるなら若者が欲している情報を誠実に提供しなければいけない。若者と中高年が限られた仕事を奪い合いをし、若者から仕事の機会を奪っている。

 若者の働く意識が弱まっているのは、働きがいを感じる就業機会を奪った結果である。この状況を改善する第一歩は、ささやかな誇りを持って自分の仕事を自分のことばで語ることだと思う。

 ―― 大きなファクターですね。
 
 玄田 ちゃんと本当に、心を込めて「ありがとうございました」といえるようになれば、人は生けていけますよ。

 うちの子ども達に「1週間に何回ありがとうといっているのか数えてみろ」といっている。1・5倍いう練習していえるようになれば、必ずチャンスは拡大する。

 「ありがとう」といわない瞬間に、「こいつは分かってないな」と大人は思う。形式でなく、こころを込めて「ありがとうございました」という練習をしろと。

 「ありがとう」は「ありがたい」だから、滅多にない特別なことをしてもらったんだということを自分で驚きとして表現すれば、他人は「みどころがあるな」と感じてくれる。そういうを教育したほうがいい。

 結局、再就職もそこなんです。

 ――ありがとうの一言も言えない?
 
 玄田 わたしは、この国のみんなが「ありがとう」と言うようになれば、もう少しなんとかなると思う。米国は移民の国だから「ありがとう」といわなければ危険だ、というケースがままある。

 「ありがとう」といわなければ敵だ、ということがたくさんある。難しいことではなく、日本は原点に戻ることだ。