紙の宝石。まぼろしとなった「天蚕和紙」
里山を歩いていると、偶然に出くわす。ひとであったり、ものであったり、事象であったりと、かじかんだ肩をほぐしてくれる。
天蚕(てんさん)和紙は、「手仕事のチカラ」を調べているとき、紙漉き職人に出逢ったことからだった。
偶然に、「こんな紙があったら面白いね」とのはなしの糸口から、「それなら作っているよ」との互いのやりとりで知った。
和紙には、一枚一枚顔がある。コウゾ、ミツマタのきめ細かな繊維は、みずからの性質と漉き手の意思によって、ふたつとない微紋(びもん)をもつ紙になる。
その紙面の顔は、墨や塗料とめぐりあったとき、さらに表情をゆたかにする。
因州天蚕和紙は鳥取県佐治村の伝統的なコウゾ和紙に、やはり伝統産業である天蚕(ヤママユ)の絹糸を漉き込んだ紙。
和紙と、天蚕の2人の職人が紡ぎ出した平成の地場産品といえる。
天蚕はうつくしい。その色はよくエメラルドにたとえられる。
エメラルドにたとえられる色
「繊維の宝石」とも称される。
新緑の野山のような色と輝きは「天蚕色」と名づけたいほど、個性的だ。
蚕の繭(まゆ)は、長く均一な繊維の生糸(内側)と、短く不規則な真綿部分(外側)に分けられるが、天蚕の場合、真綿の部分ほど繊維の緑が鮮やかなのが特徴だ。
この真綿をコウゾ和紙にちりばめる。
使いかたは、書、水墨画、詩歌、手紙。厚手の紙なら名刺と自在だ。
加山又造画伯の画集扉にも採用された。高木啓太郎さんは水墨画を描いた。
雪のような純白のうえに散る宝石のような緑。
眺めているだけでもおちつく。
雑誌サライ、朝日新聞でも取り上げられていたが、今日では、需要がないのと、職人の高齢化で作られてなく「まぼろしの紙」となっている。