むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

スイセンの艶を長見義三から学んだ

 昭和10代作家の一人、長見義三(ぎぞう、1908-1994)は、昭和14年上期に芥川賞筆頭候補になった。戦後、小説から遠ざかったが、耳に、目に残る美しい文章を書いた。

 「水仙」は、昭和11年9月「作品」に発表された。
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 産んだ子を里子にだしながら酌婦稼業をつづける杉子。乳が腫れて痛む。そこへ、子の行った先から乳の腫れに効くという水仙の根がおくりとどけられる。

 洞爺湖の澄んだ湖水や美しい自然もあいまって、水仙の根をおくりとどける人のやさしい心理が描かれている。

 素材と描写、作品の心情が渾然いったいとなった作品である。

女は秘密をさらけ出して、ひどくなまめかしく大胆になっていた。
「私、お乳は多いほうなの。それでね、いっぱいになって痛くって、さわれないほどになるのよ。でね。時どき、ねえさんがたに、ランプのほやで吸いとってもらいますの。出てくるときだって、あなたに待っていただいて、わたし、女部屋であのときにとってもらったのよ」
「・・・お乳が痛んでこまるってやったら、水仙の根をすってつけるのが一番だと知らせて寄こしてくれたんですけど・・・。一体、ほんとうにきくもんでしょうか。しぼりとっているだけじゃ、化膿したりすることがあるんですってね」

 女は軽く胸に手をあてて、船の先にせまった岸の栗林を見るようにして、私の顔を見上げた。