むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

あの新人の作品が単行本になった。

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――実際には体験していないことが、その場で見てきたかのように作品中で表現されています。登場する兵器や薬品を初めとする専門用語だけでなく、舞台となった場所の環境なども含めた詳細かつ豊富な知識が背景にあることが窺われます。そして、それらのディテールを、想像力を駆使して有機的に一つの作品として纏め上げるその力量に対して、新人離れしているという声も聞かれました。その技術をどうやって獲得したのでしょう。そして作品を書く上でどのような苦労がありましたか。

 何か技術を獲得しているという実感は特にないです。ただ子供の頃から文章を評価されることが多かったので(作文、日記、小論文等)、何かしら書く力はあったのかもしれません。書きたいことを書きたいように書いているだけなので、特に苦労したという認識はないんですよね……。時間はけっこうかかりましたが。ちなみに書いているときのテンションは異常に高かったです、殆ど別の人間です(笑)。自分は最初、キャンパスノートに手書きするのですが、このときは改行とか特に考えずにボールペン一本でガリガリ書くので、ノート一冊が活字のみで埋め尽くされているという見た目にもちょっと怖いものが出来あがります。今は書き終えて時間が経っているので、憑物が落ちた状態ですけど(笑)。
 (「新潮」11月号)

自作「指の骨」の創作ヒントをあからさまに語る高橋弘希さん。35歳。

 「戦争を知らない世代が二十一世紀初頭に突然出現させてしまった戦争文学」とまで評したひとがいるほど評価が高い作品「指の骨」。芥川賞を逃したが、期待させる逸材には変わらない。

 「指の骨」。

 おどろおどろしたタイトルでない。でも、戦場のさまを、圧倒的な現実感で筆を進めている。多くの戦史や戦争文学を読み、70年前の戦争に、深い関心を持っていたという。 
 
 第二次世界大戦中期、ニューギニアの飢餓戦線に取り残された日本軍の野戦病院

 戦闘シーンは、ほとんどない。

 糧食も薬品も尽き果てた過酷な戦場の真ん中で、傷病兵や軍医にとって、戦友の死や狂気は日常で、静謐さえたたえる描写がかえってリアルに思われる。
 

「我々は誰と戦うでもなく、一人、また一人と倒れ、朽ちていく。これは戦争なのだ…」

 野戦病院を出て、“黄色い道”を果てしなくさまよう<わたし>。これでもかというほどの想像力である。

 戦後70年。

 戦争を知らない世代の想像力は、何を見ているのか