1992年9月。鳥取にあるこぶし館で、岡部伊都子さんのはなしがあった。なよやかなもの腰で、語りはじめた。感受性豊かな知性は、あふれるばかりの言葉でうめつくされた。
それから4年。1996年4月。『岡部伊都子集』全5巻(岩波書店)の刊行がはじまった。
1巻いのちの襞
2巻暮らしのこころ
3巻玉ゆらめく
4巻古都ひとり
5巻ずいひつ白
100点ちかい著作のなかから編まれた。40年余の文業の結晶だ。
勁い文章。病気のために女学校を中退したころ、自分の支えとしてはじめられた。
小さなところに眼をむける。弱いもの、見捨てられたもの、虐げられたもの。その痛みへの共感は、世の中の差別、不正の対する憤りの火種になった。
目配りも、眠りからはじめて、食べもの、着るもの、草花、化粧法、つきあいにおよぶ。
「おむすびの味」ではーーー、
握りしめるこの指は、このてのひらに、何というふしぎな生命が通っているのでしょう。こ うしたおむすびを作ることのできる手をもっているのは、人間だけなのですね。
1度の結婚は、夫の不倫と実家の破産でこわれた。随筆家という肩書に漂う優雅と気ままからは、無縁の道だった。
何かの新聞で語っていた。
「不幸のどん底では自死するまいと思った。もうちょっとましになってから死のう、と。そう思うてる間に、なんや今まで長々と・・・。ちょっと長生きし過ぎたわ」
宝物の本は、いつも、いつも、使い込む。読み込む。