むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

自立支援する子育てが急務 宮本みち子放送大学教授に聞く 【2】

30代前半の男性の4割は未婚

 ーー 高校を終えるころは「早く一人前になれ」と言われました。“一人前”というのはどういったことなんでしょうか。当然、時代と共に概念は変わってきているんだろうと思いますが。

 宮本 いろいろ言いだすとやっかいな話ですが、戦後確立した「一人前になり方」を見ると、明確なイベントをたどっていくと思います。例えば、学校を卒業する。学校を卒業したら就職をする。数年たつと結婚して家庭を持つ。子どもを持つ――こういうステップをきちんと踏む。

 それも、大体どの時期にどういうイベントを通過するかという形式があって、その時期をはずすということは、社会的に見ても一人前としては認められない要件だったと思います。工業化の時代に「一人前になる形」が確立したんです。

その“一人前”とは何かというと、学校を卒業して経済的に自活できるようになり、自分自身の家庭を構えること、扶養家族を養えること、そういうようなことだと思います。

 おのずから会社に帰属するということを通して、社会保障の義務や納税の義務から、それなりの服装を整えるなど、社会人としてのもろもろの役割や地位が自動的に付いてくるわけです。こうしたかたちも工業化の段階で完成したものです。

 それとは逆に、70年代以降になり地域社会での役割や義務がしだいに崩れていきます。このような一人前になる形が欧米諸国では70年代あたりからはっきり崩れたと指摘されています。

 日本の場合、本当に崩れるのは90年代です。学校を卒業しても会社に所属しない人たちが出てくることが一つです。それから、結婚の時期がうんと遅くなりました。それだけではなく、近年だと非婚率もかなり高くなってきて、30代前半の男性は4割が結婚してない状態です。

 このことは、工業化時代のイベントを通過して一人前になっていくということと比較すると大きな変化です。

 -- 数10年前だと、大学を卒業したら会社に入りました。先生が書かれているように、終身雇用ですから、会社に入ってから定年退職を迎えるまでに、さっきのイベントがステップ・バイ・ステップであります。

 近くなると、「おまえ、そろそろ結婚したらどうだ」とか「今度家を買ったらどうだ」とか、あまり関係ないはずなのに上司がこう言ってくる。そういうイベントを通して自立があったがはずれたものが出てきた。当然そこでは自分でそういうステップをつくっているわけではないですから、ずっと止まってしまうということですね。

宮本 そうですね。人はおせっかいを焼いてくれないし、社会システムとしても一人前のコースというものが揺らいでいます。どういう形で一人前になるかというのは自己責任の世界です。

 -- 自立がむずかしくなってきた要因としてさきほどの高学歴だとかポスト工業化社会といったところが大きいんでしょうか。

 宮本 それと家族ですね。

 ーー これまで、フリーターニート問題のときには、家族の役割があまり取り上げられていないような気がするんです。家族という面から子どもを見ていくときの切り口は。

親がどういうタイプの子育てをしてきたのか。

 宮本 「青少年の自立に関する実態調査」という全国調査をやっています。私はその責任者で、報告書が出たんですが、その分析内容からお話すると、親がどういうタイプの子育てをしたかというのが重要な要素になっています。

 例えば、子どものころに「勉強と社会体験を両方とも重視した」という親が、子どもの自立性という点では一番有効になっているんです。

勉強だけというのは駄目だし、無方針型もまったく駄目なんです。結局、子どもの学校での勉強と、広い社会体験の両方に関心を持って教育してきた親というのが子どもに自立的な方向性を指し示したという部分と重なるんです。

 自立志向性というのは、物事を自分で考えて行動するとか、親に頼らず自力でやるとか、広く社会的な関心を持って勉強したり行動すべきだということです。そういうことを日ごろから言っている親の子どもは非常に自立的なんです。これは統計処理でもはっきりしています。
 それから非常に興味深かった結果は、親の仕事をよく知っているかどうか。

「親の仕事をよく知っている」という問いに「はい」と答えている人が2割強しかいないんです。

 調査対象年齢は、15歳から29歳までの人です。同時に「親の人生は生きがいのあるものだったと考えるか」という問いに「はい」と回答してのが10%台しかないんです。

 この2つの項目が、子どもの自立度に関してすごくストレートに影響しています。

つまり、「親の仕事をよく知っていて、親の人生は生きがいのあるものだった」と答えた人は社会的にも広い関心を持っていますし、職業意識も非常にはっきりしている。学校を卒業したら経済的に自立して、自分でやっていくべきだということにも、肯定する度合いが高いんです。

 ということは、親の子育てのあり方として、子どもの教育や広い社会体験に親が十分な関心を持ち、日ごろから子どもに対して自立を志向するような言動をし、同時に子どものとの間にコミュニケーションがしっかりある。

 その中で親が自分の仕事のことや人生をよく語っていて、親の人生を肯定できるような親子関係を持つ子どもが一番自立的だ、という結果です。

 でも統計でいうと、そういう親子関係は少ないんです。

 長期的には、家庭での親の子どもを育てる教育の方向を、大幅に転換する必要がある。一言で言えば、これまでの保護中心の子育てから、自立を支援する子育てへと切り替えるべきだと思います。