むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

ツイキャスの責任と覚悟

 昨夜、寝る前にツイキャスというアプリを立ち上げた。

 何やら大声をあげながら配信している若者を見た。なにが面白くてやっているのか。閲覧数が1万人を超えていた。深夜近くなのに、たくさんのひとが見ているんだと唖然とした。

 数日前には、逮捕された配信者まで出たとのとこ。スマホが出来て、便利になったものだ。いとも簡単に、自己主張できる。同時に自己責任もともなう。みずからの言動、処し方は、おのずと覚悟がいる。野放図ではいけない。

 大声をあげてわめいていたとなりに、警察官がいた。注意しに来るのは当然だ。

 ツイキャスというアプリを運営している会社は、当然規約を設けている。が、個々の別件での”縛り”はないのか。

 配信は自由といえど、自由の真反対は、不自由だ。仮に不法となれば、永久追放ぐらいの”処分”があってしかるべきだ。法治国家に住んでいるのならそれぐらいの覚悟はあるだろう。

 ネットが、どうのこうの、という大きなことをいうのではない。