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むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

稲刈りの季節になると立松和平さんとの語らいを思い出す

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 旺盛な作家活動と併行して、自然環境保護問題のほか、農山漁村のあり方、さらには仏教にと積極的な発言をしていた作家の立松和平さん(1947年12月―2010年2月)に、田舎暮らしの現状とこれからのあり方、みずからも実践している農業について忌博のない話を、2001年11月にうかがったことがある。

「1年のうち3分の2は旅の空の下にいる」ほど国内外を問わず精力的に取材していた。

 現地主義に徹するのは「効率よく書こうと思ったら文章に血が通わない」ためであると語った。旅で出会った自然や人間に学び、日本社会の荒涼たる風景を憂い、自然との共棲を考えていた。

ー都会から田舎に移り住んで、農業をして暮らすのがブームとなっているようですが。

 立松 定年後に都会を脱出したり、あるいは途中で退職して農業に転ずる人も多くなってきました。元銀行員だったり、元商社マンだったり、農業の経験などまったくないような人たちが、新天地を求めて山村に入っていく。彼らの気持ちは、私はよく分かります。

ー立松さんも一時期、故郷近くに戻って、市役所に勤務された経験がおありですね?

 立松 私が∪ターンしたのは23歳の時です。宇都宮の市役所に勤めていました。山河があって、ごく平凡な田園地帯。風光明媚なところではなかったですが、子どもたちが生まれ育った場所ですから、故郷って貴重です。

ー地域が変貌していく様子は小説『遠雷』以来、ずっと書き続けておられますが、農村は変わって来ていますか。

 立松 つねに変わっています。農業は工業みたいになった。農業といえば農業だが、非農業的な感じです。極端な例がランで、あれは芽をスライスして無限にクローンをつくっていく。葺はビニールハウスのトマトで、今はラン。都市的なものに飲み込まれた感じですね。農村的な“風貌”はしていても、価値観は都会と同じでしょう。乗用車はだれもが持っているし、不自由は何もないんじゃないですか。それと汗を流すことを嫌っている。このままではこの国はダメになってしまう。

ーそうであっても、農業を志向するのは?

 立松 会社のなかで地位も上がり、給料もそれなりに増えてきた。そんな時、フト立ち止まって自分の来た道を振り返ってみる。するとそこには、残してきた足跡がまったくみえない。自分が成してきた仕事など、跡形もなく消えてしまっている。
 経済的安定だけのために、自分の主張さえも抑えてしまう。これが充実した人生なのだろうか。人間が生きている喜びはどこにあるのだろう。どんな小さなことでもかまわない。日々にこころの充足感を味わい、人のために何かを残すことはないだろうか。乾きのような欲求が、多くの人を農業に向かわせているのではないか。

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ーでも仕事となると、農業はけっして簡単なものではないですよね。


暮らしている山、海を再評価する

 立松 そうです。趣味の家庭菜園などとは比較にならないほど厳しい。土に生命を与え、豊かに作物を実らせるまでには何年もかかる。日々の農業労働では肉体を酷使しなければならない。それでも、確実に、手をかけたものは成長していく。毎日、何かを積み上げてきたものがハッキリと見渡せる。植物が土を割って芽を吹き出してくるのは喜びです。そこには、人間としての大きな充足感がある。そういう意味からすれば、今は農業ブームなどというものではない。明らかな農業回帰の時代なのです。

ー立松さん自身も知床に「知床ジャーニー」という農園をお持ちですが。

 立松 ほんの小さな実験にすぎない。農業を生業とする人には、笑止千万かもしれない。自然を守るためには第一次産業が元気でないとダメじゃないかと思っていたからです。農園の主体は地元の30、40歳代の若い農家の連中で、とにかく体に良い食物を作ろうとやっている。可能な限り有機栽培をしようというのが目的だから、なかなか大変です。
 さいわいなことに、知床は年間140万人もの観光客がやってくる大観光地である。その中で最大手のホテルの料理長が私たちの仲間で、ジャーニーの産品を使ってくれる。観光客も地元の産品を食べるのは、何よりの喜びでしょう。東京の市民流通団体も知床の産物を買ってくれ、我が家の食料も調達している。 遅々とした歩みで、今日にも倒産して消滅してしまうかもしれないし、10年後には大地と海との一大生産拠点になっているかもしれないが、自己満足ではなく、土や海によって生きる人が自信を持てるような、できたらそれで生活できるような生産者団体にしたい。

ーその知床では農・漁業を志願する若者が増えて、後継ぎに困らないそうですが、秘訣はどこにあるのですか?


小欲知足

 立松 この頃増えているんですよ。すごく元気ですよ。サラリーマン生活の虚しさが分かってきたのかな。それには第一次産業を認め、良い〈物語り〉があるからですよ。大地や海に価値を見出す時代になったせいでしょう。後継ぎに困らないのもそのためではないでしょうか。

ーでも大方の地方では、若者の農業離れが進んでいるのが現状ではないでしょうか。若者を奮い立たせる起爆剤はないでしょうか?

 立松 ないでしょうね。手をこまねいているわけではなくみんな努力しているのですが、右肩下がり状態です。
 ただ、農村に若い人が魅力を感じなくなったのは、抽象的な言い方しかできないが〈物語り〉みたいなのがないからだと思う。〈物語り〉は人を元気にする。それと付加価値を商品につけてくれる。

 そこに生活することは、自分の人生を豊かにしてくれるという認識がなければ住めない。だから私は、山をつくっていく人たちの、こう、ハツラツとした〈物語り〉が欲しい。田圃をつくる人たちの〈物語り〉がいっぱい欲しい。田舎って毎日、すごく刺激的で…。カエル一匹にも刺激を受ける時がある。
 ですから私は絶対、田舎を失いたくないからいっしょうけんめい故郷の人と付き合っている。栃木に買ったささやかな土地は手放さない。いつになるか分からないが、帰るつもりでいるからです。

 今の日本を根本から支えているのは、海外に行くビジネスマンもそうかも知れないが、もっと根強いところで支えているのは農業だと思う。もっともその根本は、自然なんです。 宮沢賢治がもっとも良い例ですが、彼が住んでいたから花巻の田圃が特別のように思うが、普通の田圃なんです。ですから〈物語り〉があれば生きる力が沸いてくる。かつて農村には農村文化運動とか、魅力的な若い人たちの気を奮い立たせるような〈物語り〉がいっぱいあった。でもいつしか消えた。現在は経済効率優先になった。
 経済効率といえば、都市的なあり方に負けるに決まっている。そうした同じ土俵に上がれば、向こう(都市)がいいということになる。むらおこしというと、同じことを考える。もう都市の人を喜ばせようなんて思わないほうがいい。

ーサラリーマンが田舎暮らしを始めた場合、当然、収入は減りますね。こころの余裕とどのように折り合いをつけていけば良いのでしょうか。

 立松 生活レベルを落とすか、シンプルにするしかないという気がします。欲を少なくして足るを知る。これは道元が言った言葉です。ほんの少ない欲望で満足することが、人間の幸福につながる。少ない欲望だからこそ、そこには心地良い満足感がある。そのようなことを言いあらわしたのであろう。現代人はこの生き方とまるっきり反対の生活を送っている。

 私たちはもう、他人と比較をしながら生きる年齢ではない。たかが凡人同士、比較したところで大した差もあるまい。そんなことを気にするヒマがあったら、少しでも自分の行く末に目を向けていきたい。

ー自治体では、田舎暮らしに関心のある都市住民らに一定期間、農業や漁業を体験してもらう「田舎暮らし体験事業」を進めています。過疎地の活性化や、将来の定住を狙ってのものですが、どのように評価されますか?

 立松 それは必要です。第一次産業は言われたことをやっていればよい生易しい職業ではない。技術が必要ですから、それを修得する期間はあったほうが良い。農業というのは、作物をつくるだけのものではない。それは土を守り、自然を守るということでもある。土を慈しむからこそ、豊かな土地が保たれるのである。自給自足という営みも大切ではあるが、それと同じくらいに農業は環境保護にとっても重要な役割を果たしている。

ー漁業も同じですね。

 立松 海のことを一番良く知っているのは漁師。季節によって海流はどう変化するのか。魚の通る道はどの辺にあるのか。陸の天気が良くても、海にはどのような風が吹き荒れるの化。そんなことは気象予報士よりも良く知っている。ただ、魚を取ることだけが、漁師の仕事ではない。いかに魚を育てるかを彼らは常に考えながら漁をしている。

 長崎県対馬の厳原(いずはら)で聞いた漁師の言葉が非常に印象的でした。「かいつけ漁」という、毎日、海の瀬にエサをまいて魚を釣る漁法をやっている人ですが、「千匹(海にいるうち)に1匹釣ればいい」と言っていました。こういう漁法なら海は衰えない。その船に若い人が乗っていました。以前はスーパーマーケットに勤めていたそうですが、漁師になりたくて弟子になった。

林業従事者も激減していますが。

 立松 林業は、とてもゆったりとした時の流れの中で行われるものです。自分の代で植えた木は、子どもの代で大切に育てられ、そして孫の代になってやっと伐ることができる。常に自然のサイクルに従って仕事をしていくわけです。このサイクルがスピード化の現代には合わない。今すぐに金に換えることばかりを優先させてしまう。その結果として山が死んでいく。我が国の山河を守るためには、もっと第一次産業に目を向ける必要があることを痛感する。