むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

楽しく落ちていく方法

 数年前、哲学者の内山節さんにインタビューしたおり、これからの社会は「伝統回帰」と、「楽しく落ちていく方法」を力説していた。

 伝統回帰は、その後、上野村で実践しておられる。



内山 現在の変化では仕事自体がつまらなくなるばかりなので、やはりその社会の持っていた伝統的な労働観にある程度人間の労働観は戻っていくだろうと見ています。

 ――近著で述べらている「職人の時代へ伝統回帰する」ことでしょうか。

内山 日本の場合は、仕事をすることによっていろんな能力が高まっていくとか、自分の仕事がどこかで何かに貢献しているとか、そういうものを求めていくことになるだろう。非常に乱暴にいいますと、日本の社会は職人の時代に戻るのではないかと思います。

仕事をすることによって技の向上が図れる人、自分の仕事のあり方にこだわれる人、そういう人を私は職人と呼ぶのですが、職人は、こっちのやり方をした方が儲かることがわかっていても、それをやめて自分のやり方にこだわる。

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 そういう視点で見れば農民は立派な職人だし、商人も、商人としての自分の仕事の形を確立していれば、職人だということができる。

 企業でも、職人的な倫理で仕事をしていくことを許すかどうかが問われるような気がします。その場合、安定雇用の中味や賃金の払い方が少し変わるかもしれませんが、その人がこだわった仕事の仕方を許す企業は、働きたい企業として残るでしょう。

 しかし、そうしたことができない企業は、困った時の駆け込み寺みたいなものになるのじゃないかと思っています。

 大学は出たけれども、自分のやりたいことが見つからないから、とりあえず勤めておこうかということです。しかし、見つかったらすぐ辞めようというような感じで、その点では今のパートタイマーに近い働き方をする企業として。

 例えば、パートタイマーを生き甲斐にしている人も、少しはいるかも知れませんが、多くの人は子どもの学費がいるから、住宅ローンが大変だからと働きに行くでしょう。それと同じような感覚で、しばらく会社に勤めるか、みたいな感じで働く人が増えてしまうのではないかと。

 そうしたことをはらみながら、人々の大きな流れとしては、職人の時代へ戻って行く。そういう面でも、伝統回帰という社会現象が徐々に始まっているのが現実だという気がするんです。


仕事がみえない上に、雇用の魅力もみえない

 ――国の「若者自立・挑戦戦略」の支援策ですが、こうしたことでいろいろ手ほどきをしても。

 内山 県庁が、例えば5年間の期限付きでフリーターを全部職員として雇って、その間にいろんな仕事をやってもらいながら自分の仕事を探させるというようなことでも決意するなら別でしょうが、雇用だけが見えて仕事が見えない社会をつくっても、雇用が安定していないから、うまくいかないでしょう。

 これまでは、仕事が見えなくても雇用は見えていた。さっきプレミアといったのは、雇用の方の魅力だったわけです。ところが、今は仕事が見えない上に、雇用の魅力も見えない。あるいは雇用も量的には確保できないという状況でしょう。

 若者自身に、自分たちで仕事を創造しなさいといった場合でも、仕事を創造するのか、雇用を創造するのでさえ不分明な状態で提案しているのですから、有効な政策にはならない。

 ――手厳しいですね。
  


楽しく落ちていく方法を模索

 内山 今後、日本の社会が落ちていくことをはっきりと覚悟すればいいだけの話です。落ちていくことは必ずしも悪いことではないですから、楽しく落ちていく方法もあるわけで、それを模索すればいいだけのことです。

 ――元に戻ればいいわけですね。

 内山 そういうことです。戻し方を上手にすればいい。

 ――これから雇用が期待されるのがNPOですが、先生も代表をしておられるNPO法人「森づくりフォーラム」での雇用は?

 内山 専従職員が5人。経常的には苦しいが、全国の森林ボランティア団体のネットワーク団体ですから、いろんな仕事があって職員が必要なのです。

 うちは森林ボランティア活動の総合的なマネージャーとしての仕事ができる人を求めていますから、大学の新卒、大学院のドクターを出た人などを採用しています。
 


日本のNPOは財政基盤が弱い

 給料が安くてかわいそうですが、雇用保険、失業保険、厚生年金には入っている。私は代表理事ですが、専従じゃないから無給です。事業は束京都、環境省林野庁などの受託事業で予算を確保しているので研究受託もできるような体制は整えています。

 ――NPOは林立気味ですが、規制がかかってくるでしようか。

 内山 世界的には、どんどん認可していく方向です。NPOで雇用を吸収してもらわないと、社会的な雇用ができない。それはアメリカでもそうです。

 ――NPOというのは、雇用の場になりうるでしようか。

 内山 アメリカの位置づけは明確で、雇用の受け皿です。フランスでは地域社会の行政機関のような仕事が多い。

 日本は雇用の受け皿になりたくてもNPOにそれだけの財政基盤がないのが実態です。