<こぼれるような
雨がふる
木のは と雨が
なんだかはなしを
するようだ
山もたんぼも雨ばかり
びっしょりぬれて
うれしそう
(雨と木のは)>
詩情があふれでている。
7歳の幼齢の少女が、生み出した世界である。90年のときを経ても、問いかける。
少女は田中千鳥(1917年3月ー1924年8月)。
娘の死を悔やんだ両親が、千鳥が生前に書き残した詩、作文、日記、手紙をまとめて『千鳥遺稿』として出版した。
母は、作家の田中古代子(1897-1935)。
<彼女の生命は、あまりにして短かかったが、満七年五ケ月、その短日月の間、地上に刻み描かれた彼女の影は、いかにも濃く鮮かであったと、今にして思う>
編集後記で記す古代子、28歳。
<彼女は強い個性を持っていた。教育というような一切の事は、彼女を導く何物にもならなかった。教えたからと言って「教わる」ような子ではなかった。自分に気に入った事だけして、自分に気にように生活しなければ、きかない子であった>
次のようなふうであつた。
「お前、大分長く机に向かわないが、少しは何か書いてごらん」
「このごろ、ちっとも気が向きません」
雨の降る日が大好きだった。「ころっと」人間が変わる。いるか、いないかさえ分からないほどだった。独り静かに誰とも口をきかなかった。
ウソ、でたらめは言わない少女だった。
<うらの畠に
出て見ると
つめたい風が
ふいている
はまの方から
なみのおと
(なみのおと)>