むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

松葉ガニ漁、今日解禁

松葉ガニ漁の同乗取材をしたことがある。

 4日間だけだったが、乗船してまるっと1日で、胃袋のなかのものをすべて吐き出すほど過酷だった。その船には、その後、記録者を同乗させていない。取材するほうも、取材させるほうも、リスクがともなうためである。

 にび色の日本海。気温3度。吐く息も真っ白。べた凪がシケに急変する。中型クラスの沖合船とはいえ、大海原では木の葉のようにもまれる。うねりは2階建ての家の高さぐらいに達する。

 水深210㍍の海底を約1時間さらう。ブザーが船内に流れる。休息していた漁師たちが甲板にあがり、持ち場につく。手にはたばことコーヒー。眠け覚ましだ。

 クレーンで網が引き揚げられる。袋網は、水を滴らせてあがるが、詰まっているのはハタハタ、カレイなどの底物、それに一升ビン、大小の石まである。松葉ガニの姿はわずかだ。

 45年ほど前は1日に4、5回、網を入れれば豊漁だった。が、漁獲量が激変した今、24時間フル操業だ。

 再び網入れ。甲板は再び静寂をとり戻す。海の男たちは何もなかったように、また、スーッと階下の仮眠室にきえる。

 室内は、それぞれ仰向けになれるほど仕切られている。寝返りはうてず、広いとはいえない。1年のうち、9か月間も船内で暮らす海の男にとっては城だが、耳元では終始エンジン音が高鳴っている。

 1サイクルが約2時間。不眠不休の漁だ。「冬場は寒さで体力が消耗するのでつらい」ともらす。疲労は、操業回数が増えるたびに顔にあらわれるが、口にはださない。

 仮眠をとった男たちが甲板にそろう。ウインチがうなり、ロープをあやつる動きも活気づく。表情もあかるい。

 たぐる網に松葉ガニが踊る。選別作業する手も弾む。満面の笑み。「漁師として生きがいを味わえる瞬間」だ。

 食事は肉体労働のわりに粗食である。ごはん、みそ汁、大根と野菜の煮つけ、スルメ、キャベツの千切り。10分足らずで食べる。会話はほとんどない。
 いのちを張って働く姿のことを思えば、果たして松葉ガニが高価といえるのか。そんな恨み節が聞こえてくる体験だった。

 船からおりて、おかにあがったら足腰がたたなかった。体重は7キロも減っていた。