むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

宮本みち子さんに聞く ①

 就職しない、家を出ない、結婚しない――。「大人になれない若者」が減少しない。子育て、家族のあり方、教育、社会学の視点から新たな方向性を示唆する放送大学教授宮本みち子さん(社会学博士)に、打開策を伺った。

ーー 宮本先生は今、「若者たちは崖っぷちに立っている」と指摘されています。これまで行われてきた「自立」の方法が崩れてきているのではないかと。なぜ駄目になってきたのか。また西洋と比較した場合、日本独特の特徴があるのかどうか、お聞かせください。

宮本 自立の問題は、日本的な特徴と先進国共通性の両方があります。
 共通性からいうと、どこの国でも一人前になるのに非常に時間がかかる時代になっています。一つの理由は高学歴化。もう一つは、伝統的な枠組がない自由な時代なので、どのようなライフスタイルをとろうと構わないということです。

 そうなってくると、以前は青年期特有のものといわれてきたモラトリアム(人間が成長して、なお社会的義務の遂行を猶予される期間)の時期が、限りなく延長してきているという傾向があります。

 もう一つは、労働市場の問題です。これも先進国に共通する特徴で、学校を卒業したらすぐに労働市場が受け入れて一人前にしていくという仕組みが、工業化の時代が終った段階で崩れたんです。具体的は長い間、学校教育のなかで教育を受けなければ一人前になれない。大学だけでなく、大学院へ進学する若者が増えて、モラトリアム期がこれまでより長くなってきた。

 日本の特徴ですが、西洋諸国は個人主義に立脚しており、「親と子どもは別人格である」という伝統を保持しています。どんなに高学歴社会になろうと「親は親、子は子」という子育てをしてきている。18歳になったら親の責任は終わりで、今度は自分でやれと。

 日本の場合、実態としては18歳で親から完全に自立できなくなっている。その年齢が18歳でも20歳でもいいですが、規範性があいまいなのが特徴です。その上、親の意識としては、子どもを自立させるというよりは「親としてやってやりたい」とか「親としてやるべきである」という意識が強い。同じ先進諸国の中で、日本特有の問題があると思います。

 最近では、韓国とか中国の工業化している国で結構似たようなことが指摘されています。そうした意味合いからすると”東アジア的な親子関係”があるのかもしれません。韓国でも日本でいう“パラサイト・シングル”が今非常に出ており、親元を離れる年齢がとても遅いです。もっとも、男性は徴兵制という厳しい現実がありますが。

ーー 中国では“一人っ子政策”というのがずっとあり、その世代がそろそろ20代を迎えますが。

宮本 中国は豊かな時代がずっと来ていますから、劇的にパラサイト青年が出てきているといわれています。

ーー 日本の場合は、西洋の“個人主義”に対して“家族主義”が大きな要因と言えるんでしょうか。
個人主義の洗礼を受けないままの日本社会

宮本 そういうところがあります。豊かさでは西洋諸国を追い越すような段階に来たんだす。でも、それが西洋のような個人主義化という洗礼を受けないままやってきた。

 貧しい時代だと、個人主義があろうがなかろうが、子どもは10代後半になったら家族の元を離れる。あるいは家や親のために義務を果たすということだったが、一気に豊かになってしまって親子のあり方とか、どうしたら親から自立していくかという方式をきちんと確立しないまま学校教育期間が20代前半期まで延びたことがあるかも知れません。

ーー ある意味では「学生時代は一種のモラトリアムだ」ということがあって、それがずっと続いてしまっているわけですね。

宮本 ええ、モラトリアム期を享受できるのが特定の恵まれた若者だった戦前の時代には大きな現象にはならないわけです。1970年代を越えるころから高等教育進学が一般化して、その段階でこうした問題が出てきました。