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むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

コンテンポラリーに生きる

 渡辺京二さんの、コンテンポラリーが知りたくなった。『北一輝』からの出会いだから40年の付き合いになる。
 『無名の人生』では、幸福論を書いた。「自分で自分の一生の主人公であろう」とした半生をもとに語っている。
 むずかしい言葉はないから、2時間あればよめた。
 
 人間にとって大切なのは「自分中心の世界」であるコスモスとしての世界だ、と説く。自分はいつも、世界の中心にいる。地球のどこに住んでいようが、どんな集落で暮らそうが、そこに照る太陽は同じ。「自分だけのコスモス」は、一人ひとりがもっている。

 家族、夫婦、自己愛、人間とは・・・客人ははなすが、「陋巷に生きる」のが理想的な生き方とさえ思う。
 
 ジプリ雑誌『熱風』(2016年11月)には、熱がこもる。

 「熊本に生きているというのは、地方文化に生きているんじゃなくて、コンテンポラリーなんだと思う。東京ばかりに任せてたらダメですよ」

 熊本にはたまたまいるいるだけ。

 「学ぶ」「表現する」--「伝統」「場」「機構」のシステムをつくれという。

 地方文化なんて、もともとないわけ。

 あるのは、すべて、コンテンポラリーである。