むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

玄田有史さんに聞く ㊤

 雇用情勢は改善の兆しがみられず、中高年の転職は深刻である。転職の決断にはリスクもともなう。再就職も厳しい。

 リストラ離職した中高年について、「幸福な転職の条件」という興味深い論調をくりひろげる労働経済学者の玄田有史さん(東京大教授)に再就職で決め手となる方策を聞いた。

幸福な転職のカギをにぎる会社外の
信頼できる友人、知人のネットワーク

―― 転職は簡単ではないですね。とくに中高年層は厳しいが、まず、全般的な雇用現状から伺わせてください。

 玄田 リストラとよばれる大規模な早期退職、希望退職はやや一段落した。転職するときに自力で求人活動をする人達もいるが、一方で再就職を支援する会社が急速に発展してきた。ピークのときには、一人100万円で請け負っていたが、今は80万円ぐらいに値下がりしている。
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 中高年の転職は根本的に景気の回復もあるが、団塊の世代が2010年に60歳を迎えた。 採用面接をしないというのなら話は別だが、企業が根本的に若くて長く働いてくれる男性を採用したいという傾向は変わらない。年齢以外に本人の能力をはっきり表す明確な基準がないかぎり、中高年の転職事情は依然として厳しいままである。

 ―― 先生は「幸福な転職」の条件を説いておらる。具体的には?

 玄田 講演して一番反響があるのは、資格さえあればうまくいくのではなく、転職によって幸福を得るためのカギを握っているのは、会社の外に信頼できる友人・知人のネットワークを持っているか、どうか。

 その人間関係も非常に密な、強いコネクションではなくて、年に数回しか会わなかったり、自分とは違った環境で生きている”ゆるやかな広いつながり”をもった人間関係の形成の人がうまく転職、独立している。このことを話すと反応が大きい。

 例えば、取引先のプロジェクトで異業種の人と出合って翻弄されながら仕事をしていくうち「これが自分のやりたかったことかな」とか「これは自分でも出来るのかな」と自己再発見するのは、自分とは違う環境の人とぶつかったり、触れ合ったり、交流したりするときである。

仕事はできるが、誰とも繋がらないひとはうまくいかない

 そのことによって「自分に向いている仕事」が分かる。転職するときにはそういう姿を見て、「彼が出来るのなら自分にもできる」との可能性を見いだすヒントを見つける。

 仕事はできるが、誰ともつながらない人はうまくいかない。「黙ってオレの仕事を評価してくれ」なんてことは通用しない。孤独な人は、転職に成功する可能性が低いし、独立志向をもつことも困難である。

 ―― 興味深い話ですね。ゆるやかな人間関係というのは、これまで気づいてこなかったのでは?
 
玄田 社交活動は元々そうです。エリートの人たちは、自分と違う世界の人達と出会っていろんな情報を交換したり、連携関係を築いてきた。お金と時間がある人はできた。

 ―― ではなぜ、職場以外に信頼できる友人や知人のいることが、幸福な転職や独立志向の強さにつながっているのですか。

玄田 友人・知人によって転職が成功するとすれば、まず想像できるのは、新しい転職先に相談相手となった友人・知人がいるケースだろう。

 仕事が変わることによる労働条件の変化や、それにともなう不安を、転職先の友人と率直かつ徹底的に話し合うことができれば満足や納得を得やすい。少なくとも、転職後に「こんなはずではなかった」と感じるミスマッチは、転職先にいる友人と事前に密接に話し合う機会をもったケースには、職業紹介機関の紹介より起こりにくい。

 友人がいて十分に話し合うことができれば、不満足に終わりそうな転職自体を回避することもある。このように転職しようとする先に知人・友人がいれば、さまざまなかたちで情報のミスマッチを解消しやすいと考えられる。

こころが空白感のままでは決まらない

 ―― ゆるやかなつながりを持っている人はいいが、そうではない人が意図しないリストラされた場合、どうした意識で再就職に臨めばいいのでしょうか。
 
玄田 先ほどの再就職を支援する会社の人に聞いたことで、印象的だったことがある。アイデンティティの喪失を味わい、こころの空白感を抱えた人は就職が決まらない。

 どうするかというと、紙に4行から5行でいいから、「あなたはこれまでどのような仕事をしてきたんですか、自分のことばで書いてみてください」と聞く。すると、履歴書をみてくださいとおっしゃる。

 どこの会社に何年勤めたかではなく、自分が何を大切に思い、何を誇りに感じ、これだけは曲げられないと思ってやってきたことを、謙遜でも自己卑下でもなく、ささやかな誇りを持って、淡々と強く自分のことばで書けるか。書けない。

 ―― 部長をやってました、という返答になる?

 玄田 部長としていい仕事をしている人はたくさんいる。でも、素晴らしい仕事を確かにし、能力を持っていながら、それを会社の外に向かって表現できない。会社内では個人の仕事ぶりについての情報は流通する。

 反面、いざ会社を出ると、これまでは自分の仕事について語ることを私達は求められなかったから書けない。書けるようになると、また、書きたくなると再就職が決まっていくそうである。
 ゆるやかなつながりをなぜ作ればいいのかといえば、おのずと自分と向き合わざるを得なくなるからである。それは異業種の人と出合い、付き合うことによってトレーニングされていく。

 ―― 自分を語れない訳ですね。

玄田 自慢話は駄目ですよ。

 ―― 面接は8秒で決まると、指摘されていますね?