あたっているか、間違っているか、わからない。ネットをかけめぐる話しで「ホッと」心をなでおろすことって、ないような気がする。必要がなければ、パソコンはつけない。スマホはない。
ネットをながめるひとは、どれだけ本を読んでいるんだろう、といぶかる。こだわりがあって、手もとでいつも見ていてイメージのふくらむ活字(本)のほうが、心をなでおろす。白か、黒か直截的な雰囲気がただようネットだが、活字には、あいまいさがある。なんとも、ファジーさがすきだ。
作家の五木寛之さんが言っていた。「小説は総合芸術である」。言い得ている。松本清張さんの講演を聴いたとき、「ぼくは喋りはきらい。吟味して推敲した活字には全体重をかけている。いのちがけといっていい」と覚悟を話した。
いまは、お笑い芸人さんの、しゃべくりが幅を利かせる。
口達者がいいのか、活字がいいのか、それぞれである。それぞれが選べる時である。
松本清張さんのひとことは、いまでも残る。