むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

鳥取 智頭町新田集落の冬

 粉雪が舞っていた。三月上旬というのに、稜線に雪が残っていた。智頭町の新田集落である。
大型の除雪車が道路際にあった。

 もう何年にもわたって、ぼくの心から消えずにいる集落である。古老からの話しが楽しみだ。
クルマを横道に停めて、てっぺんのパン屋「パン工房アイ」に寄る。夫婦二人で営む峠のパン屋さんである。

 吐く息も白い。

 ひと晩で30センチは積もる雪。通勤、通学のひとたちに支障のないようにと、午前4時ごろから道を除雪する。
 「よう降りますね。久しぶりですが、元気でしたか」
 敦子さんがぼんやりと雪景色に目をやっていた。ご主人の勲さんは、人形浄瑠璃の練習で不在であった。
 「年老いてから、吹雪のなかを400メートル、2時間かけて除雪するのは身にこたえますで」
 店内は、あったかい。
 「大降りなのに、なんかありましたか」
 「近くの集落まで来たんで立ち寄ってみました」
 いつもにこやかな笑顔で応対してくれる。
 「ずっと営業していたんですか」
 「いえ、一月は娘のところに」

 店を開けたのは二月からで、のんびりすごしていたようだ。働き者の夫婦にしては、めずらしいことだ。
 <むらさきデニュシュ 130円>なる珍しい菓子パンがあった。

 「これは新製品ですね。 鮮やかな紫色ですが、着色料なんですか?」
 「ええ、近くの高校が栽培していたんで、使ってみました。紅イモなんです」

 紅イモは、紫色が特徴のサツマイモの一種。敦子さんは、みぢかにあるものを使って、いろんなパンを考案する。

 「地元で採れる素材を使ってみようと、試行錯誤しているんです」
 三月も中旬になると、陽気もよくなってきた。

 彼岸ころに出向く。パン屋さんでいつものように、世間話をする。
 「生姜いりパンが朝からよく売れたんです。こんな日が毎日だといいですけどね」
 敦子さんが、上機嫌だ。
 「あのね、お願いしようかしら・・・」
 と、口ごもったあと、続ける。

 子どもさんに、結婚相手がいないか、という話である。長男は愛知県、長女は東京にいるが、「帰ってくる」らしい。跡継ぎを探しているようだ。
「いいひとがいたら紹介して?」

 どこの集落でも、よく聞く話である。
 息子さんは、その後、帰郷して今では、後をついでいる。お子さんも生まれている。

 集落のほぼ真ん中あたりに住む岡田一(はじめ)さん宅に寄る。
タイヤ交換をしていた。
 「元気ですね?」
 「ああ、久しぶり。どうしておったですか」

 お遍路めぐりから帰ってばかりで、やややつれ顔をしていた。庭先で、しばらく話しをきく。「協議会方式はうまくいっていますかね?」

 帰り際、シイタケの原木を一本もらって帰る。



宿場町として栄えた鳥取県智頭町。鳥取県の東南、岡山県に接する県境。周囲は1000メートル級の中国山脈の山々がつらなる。93%が山林で占める。吉野杉、北山杉とならび「智頭杉」の評価は全国的にも高い。
往時をしのばせる古い街並みを今ものこす智頭宿からクルマで約20分のところに、新田集落はある。町内でも一番高いところで、標高は450㍍。