むらの幸福論

暮らしのちいさなところに眼をむける。

歯医者のストレス

20年ぶりに歯医者に通うようになって、自律神経が崩れた。虫歯の治療だ。生きながらえるために、治療することにした。1週間に1回。約30分ほどの治療だが、ストレスがたまる。1か月ほどして、偏重をきたした。食事がすすまない。だるさ、倦怠感に襲わ…

聞き手の妙味

大学を出て新聞記者になって、聞き手と話し手という仕事が確立した。 40歳で、組織を離れた。一平卒になった。肩書きがなくなった。 フリー編集者。 誰も見向きもしないと思いきや、独立経営になって26年たつが、仕事のやり方はまったく変わらない。 聞…

叡智の極み

叡智とは多くを知ることではない。叡智とはなるべくたくさん知ることではなくて、どんなのが一番必要な知識で、どんなのがそうまで必要でなく、どんなのがもっともっと必要でないかを知ることである。 人間に必要な知識のなかでも最も大切なのは、いかにして…

大雪で傷つく過疎の村

陽気がよくなった。過疎の農村をクルマで、まるっと3日間駆ける。残雪が残る。民家の軒先が、へし折れている。大雪の残骸だ。 途中で、村人に聞き書きする。「大雪に痛めつけられたな。10日もソトに出れんかった」と。 20年付き合いのある手漉き和紙職…

徳永進さんが語る鶴見俊輔さん

鳥取市にある「野の花診療所」の徳永進さんが、鶴見俊輔さんについて、こんな話をしていたことがあった。 ▼ 学生のとき、同志社大学の鶴見俊輔さんの授業に顔を出した。 学生がイキイキと自分の意見を発表していた。 鶴見さんは、その人自身の意見であれば、…

哲学者内山節先生に逢いに、上野村まで出向いたときのこと

遠かった。 友人のY君に同行してもらい、片道12時間かけて群馬県上野村にいってきた。哲学者の内山節(たかし)さんに会うためだ。 アポの電話をする前までは、内心ドキドキ。会ってもらえるとは思わなかった。が、電話で用件をつたえると、半日ならいいだ…

メール派、声派?

「あたたはメール派、声派?」という携帯でのコミュニケーションのとりかたについての座談会にオブザーバーとして出た。男女20代から50代まで20人。 結論だけいうと、7割がメール派だった。まあ、「そうだろう」と納得した。 考え方の傾向として、若…

心の時間

時計は、ひとりひとりの胸のなかにあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのかもしれない。 光を見るためには目があり、音を聴くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じるために心がある。 もしその心が時間を感じとらないような…

ルポルタージュの礎を築いた松原岩五郎

わが国のルポルタージュの礎をきずいた松原岩五郎。 『征塵余禄』(明治29年2月19日)の復刻本を出版して16年もたつ。 松原研究の第一人者、山田博光先生の助言がなければ、機を逸するところだった。 先生から「松原の古書が大量に出た」との電話が入…

編集の地産地消

「編集っていう作業は、かたちが見えないからボランティアよ」--ある町の町誌づくりに携わり、ほどなく経ってから担当者からこう言われたときは唖然とした。 県内外町村の自治体誌の編集に携わるケースが多い。 長いので6年(全国から比べると短すぎて無…

宮本輝さんも愛用する万年筆

チチッ、シェーン。華やかな店内の奥まった工房から、ロクロで万年筆の軸を挽(ひ)く音が聴こえてくる。ガラスで隔てられた畳一畳ほどが仕事場である。お客さんには見向きもせず、黙々と指を走らせる。 ペン先から軸までこなすオーダーメイドの万年筆職人の…

青山剛昌先生との1時間

「ない」とあきらめていた貴重な録音テープが、本のあいだから出てきた。いまや、人気漫画家として不動の地位を築いている青山剛昌先生との取材テープである。 そもそも、青山先生に初めてお会いさせてもらったのは、1991年6月だった。当時、27歳。週…

「近代文学」の論客・本多秋五の名古屋時代

本多秋五の”落ち穂拾い”をはじめて三〇年になろうか。先達の評論家のような確たる研究は、力量不足でおよばない。名古屋タイムズでの新聞記者時代、いまは亡き木全円寿さん(同人雑誌『北斗』前主宰者)の「地元・挙母に残した本多資料を探せ」との指導で、…

こころのすき間

ひとは住む場所を失っても、だれかの心の中に棲んでいられる。 ひとの心に隙間があるのは、だれかを迎え入れるためなんだと。だから、人はいつも寂しさを感じてしまう。 縁って不思議です。 ひとつの円になって繋がっている。

民藝に生きる陶工

「伝統が重荷になってくるのはこれからでしょうが、自分が生かせるこんな素晴らしい仕事はないでしょうね」 江戸期から連綿と受け継がれている日本でも有数の民窯である鳥取県鳥取市河原町の牛ノ戸焼。 「しきたりは守っていかなければならない。でも新たな…

2007年、阪神能見投手のインタビュー

20年ほど、朝日新聞系のスポーツブロック紙で編集長をしていたことがある。阪神の能見投手を追いかけていた。当時の記事が出てきた。 2004年のドラフト自由枠で阪神に入団した鳥取城北高出身の能見篤史投手。2シーズンとも思いどうりの結果が残せず「…

コンテンポラリーに生きる

渡辺京二さんの、コンテンポラリーが知りたくなった。『北一輝』からの出会いだから40年の付き合いになる。 『無名の人生』では、幸福論を書いた。「自分で自分の一生の主人公であろう」とした半生をもとに語っている。 むずかしい言葉はないから、2時間…

わがままな過疎集落

限界集落から、あやうく、孤立集落になる寸前だった。 まだ80センチは、ある。明日は晴れるようだが、一気にはとけない。 33年ぶりの大雪だが、油断していると、またたく間にひずみがでる。 いなかほど絆があるようにいわれるが、いなかほど繋がりはない…

寛かなれ

子どもが「チャレンジしてみたい」と言ってきたことにはできる限り応えてきた。 ここからが肝心。 子どもが習いたいと発言したことには、責任を持たせる。「つまらない」から、「飽きた」から、「うまくできない」からなどの理由でやめさせることはさせなか…

梅干しのシアワセ

おにぎりなのですから、たくさんのおかずはいらない。たとえ梅干でも、一つだけ「真ん中」にあれば、充分である。 シンプルな食事こそ、腹いっぱいになる。

下りるとき

習慣という<怪物>は、どのような悪事にもたちまちひとを無感覚にさせてしまうが、半面それは天使の役割もする。 終始、良い行いをするような心がけになれば、初めは慣れぬ借り着も、いつかは身についた普段着同様、おいおい肌に慣れてくる。 今宵一夜をお…

あけもどろ

習慣という怪物は、どのような悪事にもたちまち人を無感覚にさせてしまうが、半面それは天使の役割もする。終始、良い行いをなさるようお心がけになれば、初めは慣れぬ借り着も、いつかは身についた普段着同様、おいおい肌に慣れてくる。 今宵一夜をおつつし…

しかたがないひと

理不尽なひとと触れ合うことは自然と触れ合うようなもの。大自然と触れ合えば、「しょうがない」という心持ちや「仕方がないこと」という心持ちが生まれてくる。 「このひとありきで物事を進めるためにはどうすればいいのか」といろいろなことを考え、工夫し…

ふしぎな運

運はひとの努力で呼び込めるものでもなければ、つなぎ止めておけるものでもない。どこからともなくやって来て、ひとの手の決して届かないところで物事の左右を決して去っていく。 そういうもの。それだけにとても歯がゆい、悔しい思いもするけれど、運なくし…

自責の重み

「他責」で考えがちな現象に対して、「自責」の視点を持ち込んでみると、それまではしようがないと思いがちだったことに対して、驚くほど、自分ができたはずのことが見えてくる。 「他責」で考えていると、問題の解決は他人任せになってしまうが、「自責」で…

不安のゆくえ

「不安は力なり」そう言っても、決してオーバーだと感じない。不安がなければ、こんなふうに毎日を生きてはいられないのではないか。 頭から不安を追いはらおうなどと考えずに、不安を生きる力とする道をさがしてみたい。

断つ発想

質素に暮らしたいとねがいながら、たくさんのモノを常に持とうとし、なくなったら買い足すことに躍起になっている。 見直す。 本当に必要か。ときどき自分に問うて、しかも買わずにすます方法はないのかという発想をともなって考えてみる。

谷川さんと樹木さんが鳥取で対談予定

「野の花通信」27号が来た。 いつものことながら、しばし、「死」について考える。読んだら、すぐ忘れるけど。 徳永医師が「あいさつ、大切だなと考えられる」と書く。 長いのではし折る。最後で、こう結ぶ。「かける言葉に心がくっつく。人が毎日、家を出…

ちいさなこと

できない理由を探すから、不可能に思える。できる理由を探していけば、不可能を可能にする方法が必ず見えてくる。 達成できないと思えてしまうのは、一つひとつの小さな目標を達成する速度が常識的だから。目標を達成するのにかける時間は、常識から計算して…

みちあふれる孤

寄り添って生きる家族であっても、おのおのは個で、孤である。 孤独は不幸ではない。 孤独こそが、ひとをひととして生かせる個の尊さである。 ひとりいてこそ満ちあふれる。